案内看板 走り湯洞窟入り口  走り湯洞窟内  走り湯神社 
  
走湯山は湯の湧き出る場所があり、走り湯と名づけられていました。 
699年(文武3年)7月1日(旧暦5月25日)に、役行者小角(えんのぎょうしゃおづぬ)は、朝廷の役人に護送され配流の地、 
伊豆大島に向かった。
伊豆大島に配流になったがじっとしていることができず、島を抜け出しては浜辺を歩きまわり、富士山をはじめ近辺の山々を踏破した。
あるとき、伊豆山海岸から五色(赤白黄青黒)の湯煙があがっているのを目にした小角は、海岸に上陸し走り湯の近くに
草ぶきの小屋を作り、湯滝を浴び、日金山や岩戸山に登り、神仏に祈る修行をした。
その際、「無垢霊湯(むくれいとう)、大悲心水(だいひしんすい)、沐浴罪滅(もくよくざいめつ)、六根清浄(ろっこんしょうじょう)」
と書かれた金色の文字が霊湯と共に流れ出たと言われる。
この意味は、「これは、無垢の霊場である。菩薩の大きな慈悲の水である。この場に沐浴すれば罪が滅び、
六根(六識を生ずる六つの感官。眼・耳・鼻・舌・身・意の総称)が清らかになる。」となる。
 
       
役の小角  
 
役行者がきたことがきっかけとなり、伊豆山に山岳修行者(修験者)たちが集まるようになってきた。 
当初は日金山を中心に修行者たちが集まっていたが、次第に人が増えるにつれ水の便が悪いことから、
山を下り里に近いところに修行場所を移し、一時的には七尾の本宮跡になっていつところが中心となっていった。
やがて今の伊豆山神社がある場所が中心となり、伊豆山を天に昇るめでたい龍に例え、
富士山から入った龍が日金山から岩戸山までを胴体、伊豆山権現の場所は目、現在の浜町内にある花水を鼻、走り湯が口で
呼吸をしており、富士山まで繋がっているという信仰が生まれた。
  
     
 伊豆山神社手水舎の紅白二龍
  
  
伊豆山神社例大祭 源実朝を偲ぶ仲秋の名月伊豆山歌会  歌碑 
  
日金山は丸山(今の十国峠)と呼ばれ、富士山や駿河湾、伊豆諸島、相模灘を含めて10の国が見える景色の良いところであり、
修験者はここから富士山を拝んだ。
(源実朝が、「箱根路を わが越え来れば 伊豆の海や 沖の小島に 並みの寄る見ゆ」と歌ったものが有名で、
伊豆山神社では源実朝を偲ぶ中秋の名月歌会が伊豆山神社で毎年開かれる。)
鎌倉三代将軍源実朝は、頼朝にならい将軍の務めとして、箱根権現と伊豆権現と三島明神を参詣する三所詣を8回行っており、
多くの伊豆の歌を残した。金塊和歌集は歌人でもあった実朝の私家集である。
「ちはやぶる 伊豆のお山の玉椿 八百万代も 色かはらじ 」(この玉椿は大島椿といわれるやぶ椿のこと)
「わだつみの 中にむかひて いづる湯の 伊豆のお山と むべもいいけり」
「伊豆の国 山の南に 出づる湯の 速きは神の 験しなりけり」
「走り湯の 神とはむべぞ 言いけらし 速き験の あればなりけり」
など、伊豆山や走り湯にちなんだ歌が数多く残されている。
 
 
 
 
 明治初年の伊豆山温泉場 大正8年の伊豆山温泉場 
 
走り湯は源頼朝・北条政子をはじめ、三代将軍や北条氏早雲などの領主たちが入浴した。
1590年(天正18年)秀吉による小田原征伐によって伊豆山は焼け野原となり、
その際は仮小屋草葺き屋根の粗末な風呂場であったという。
しかしながら江戸時代の大名、歌人、茶人利休、古田織部などもお参りの際に入浴した。
江戸城構築の為に伊豆山から沢山の大石が船で運ばれ、多くの者が書く大名のもとで働いており、
その為怪我人も絶えず、走り湯に入っての治療も盛んで、治療効果もずば抜けていたという。江戸時代は、
この温泉に一般庶民が入る為には旅籠の湯、または海に近い湯の捨て湯である波打ち際で入るしかなかったと言われる。
そのため、ますます走り湯と伊豆山権現は有名になり、東北地方からも団体の「講」がお参りしていた。
海岸にあった旅籠の風呂に入ってから宿の主人御師(祈祷師)に引き連られて、
伊豆山権現までの900段近い石段(現在は873段)を昇った。
 
温泉に入るときは前出の「無垢霊場 大悲心水 沐浴罪滅 六根清浄」と必ず唱え、
昭和20年頃までは共同浴場に入る際にも地元で信仰の篤い者は唱えながら頭から湯をかぶっていたという。
第二次大戦後間もない頃には馬の為の「馬の湯」もあった。
  
 
 
走り湯はかつて一昼夜に7千石(1296t・毎分900l)の湯を噴き出し、源泉温度が70度ほどあったと言われるが、
乱掘が続いた結果現在は毎分180l、70度ほどとなっており、伊豆大島の噴火などで温度が上昇することもある。
この温泉はもともと石膏泉で硫酸カルシウムやマグネシウムが多く、骨の病気、怪我傷口、膿をもった腫れ物、
水虫、皮膚病などに効果があるといわれる。
現在は塩分・苦味も強くなり、胃腸や神経痛、リウマチなどにも良いとされている。
 
 
走り湯の1300年以上の歴史の中、関東大震災のときのみ噴出が止まり、土地の者たちが鉄棒でつつきまた湯が出るようになった。
その際に、物凄い音が地底から響いてきたので、皆一斉に逃げ出したという逸話がある。
日本三大古泉とは、熱海伊豆山走り湯温泉・四国松山道後温泉・神戸六甲山有馬温泉となっている。
 
 
伊豆山温泉観光協会・伊豆山温泉旅館組合公式ホームページ
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